(この文章は、焼酎やお酒の文化が好きな企画担当者が書いた個人的な思いです。)
鹿児島で「お酒」と言えば、それは焼酎のことをさします。
昔、田舎娘の私が、言葉も、人間関係も、時間の流れさえも違う東京で、
あらゆるカルチャーショックの洗礼を受けていた上京したての頃のこと。
学業の傍らアルバイトをしていた居酒屋で、
「あなたのおすすめのお酒でいいよ」と言われ、自信満々に
「はい、黒伊佐錦です」と焼酎を差し出した私に、
「・・・そっか。あなたは南の人なんだね」と、
さんごじゅうごしてから、その客はやさしく微笑みました。
東京で「お酒」といえば日本酒のこと。
私たちが幼い頃から暮らしの中で親しんでいた「お酒」は、
ここでは通用しないのだと
衝撃を受けたのが19歳のときでした。
当時はその言葉が使い分けられることに違和感しかありませんでした。
でも今は違います。
むしろ、どんどん使い分けてほしい。
「焼酎」と、どんどん声に出して言ってほしい。
なぜなら焼酎は、鹿児島の誇り高い文化そのものだからです。
稲作には不向きなシラス台地に、高温多湿な南国の気候。
日本酒や米焼酎造りには圧倒的に不利なこの条件を、先人たちは知恵と工夫と技術で克服しました。
そうして生まれたのが、私たち薩摩の「芋焼酎」です。
私がこの「焼酎」に魂を揺さぶられるのは、その背景に壮大な歴史が流れているからでもあります。
かつて日本の産業の近代化を牽引した「集成館事業」。
大砲や船を造るその傍らで、実は焼酎づくりの技術も磨かれていたことをご存じでしょうか。
芋焼酎は、日本が激動の産業化を突き進むその景色を、もっとも近くでみつめてきたお酒でもあるのです。
蔵やグラスの中には、そんな歴史が溶け込んでいるのです。
そして、その酒造りを支えるのは、目に見えない小さな主役たち。
古くから日本人が経験と勘で飼い慣らしてきた、麹菌や酵母といった微生物たちです。
子を育てるかのように、環境と向き合いながら杜氏や蔵人たちが小さないのちをお世話している姿。
こればかりは、どんなにAIが進化しても真似できない領域だと、私はなんだかほっと安心してしまうのです。
その小さな主役が魅せる不思議。
焼酎の成分は、そのほとんどが水とアルコール。
香り成分なんて、たったの約0.2%ほどしかありません。
それなのに、なぜあんなにも鮮烈に、お芋とはかけ離れた花やフルーツのような華やかな香りを放つのでしょう。
たった0.2%が放つ圧倒的な存在感。
これもまた、微生物たちの魔法なのかもしれません。
地図を広げてみれば、蔵元の位置にあらわれる立地の不思議な規則性。
...古い蔵は特に、特徴的です。
祭祀において神々に捧げられる役割。
…鹿児島では焼酎が奉献酒です。
火山活動が生んだ大地と、人が育んだ文化。
…ワインの世界に「テロワール(風土)」という言葉があるように、
焼酎もまた、この土地の風土そのものが液体となったものです。
この物語を、四季を通じて訪ねるのが「焼酎トレイルツアー」です。
焼酎学で名高い鮫島吉廣先生がご著書の中で、「焼酎の本質は風土性にある」と説かれているように、
焼酎の魅力とは、「味わい」だけではありません。
火山活動の産物としての地質そして土壌、この地が刻んできた歴史、
蔵元たちが受け継ぐ哲学と技術、微生物が奏でる神秘、そして人々の暮らしに息づく民俗。
それら様々な要素が複雑に溶け合い、一つになって初めて、焼酎という文化の輝きを放つのです。
南国のお酒「薩摩焼酎」をめいっぱい堪能していただくために、ぜひ、その背景にある物語を学んでみてください。
未成年の方であれば、これから大人になってアルコールを楽しむ前に
味わい以前の魅力を知っておくと、きっと有意義なお酒を楽しめるはずです。
そして鹿児島のお酒は焼酎なのだと、誇りを持って嗜んでもらいたいのです。
まだまだ語り足りませんが、この先は、ツアーの中でご一緒に。
焼酎を通じて、「旅の本質」に触れることといたしましょう。
実はお酒を一滴も飲めない私から、皆さんへ。
焼酎を学び 感じて味わう
まるでドキュメンタリーのような旅への誘いです。
(担当C)
~・~ おことわり ~・~
このエッセイは、個人的な思いや考えを綴ったものです。専門的な立場で書いたものではありませんので、誤りや認識の違いがあるかもしれません。
農業や商工業において、生産者のイメージが大切にされる時代です。旅行の企画においても、作り手がどのような人なのかが少しでも伝われば、旅のイメージをつかんでいただけるのではないか。そんな思いから、この文章を書いています。
もし重大な誤解がありましたら、そっとお知らせください。それ以外の点については、個人の思想として、温かくお見守りいただけると幸いです。
