日本酒は新酒がいいとされます。いかに新鮮なうちにいただけるか。
一方、焼酎は蒸留酒。元々は、熟成させてから味わうのが王道でした。
新酒が味わえるのは、人々の趣向の変化や技術の向上を経た、今だからこそなのだそうです。
日本酒の造り酒屋の入口には、時期になれば杉玉が吊るされ、新酒ができたことを知らせてくれます。
旅行の仕事をしていると、甲信越や東北地方の酒蔵を訪ねる機会がよくありました。
ただ、私はお酒が飲めない体質です。
そのため若い頃に体験した酒蔵ツアーはあまり楽しめず、正直なところほとんど記憶に残っていません。
ただひとつ、杉玉だけは。
私の心のキャンバスに、しっかりとその輪郭を残してくれています。
鮮やかな緑色は新酒の合図。その色がだんだんと茶色になっていく過程が、お酒の熟成をも教えてくれる。
淡い緑になれば夏酒が、茶色になればひやおろしが飲み頃だという具合に。
いかにも日本人らしい、実利を兼ねた美意識です。
でも、どうして「杉」なのでしょう?松や桧ではだめなのか。
杉の木は、神の依り代だと言われます。
一年中緑を保つ生命力は神聖であり、天に向かってまっすぐ伸びる姿が、神が降臨するための目印になるのだとか。
奈良県にある大神(おおみわ)神社は、お酒の神様として、酒造関係者の信仰を集めていることで知られています。
ご神体は杉の山。
拝殿には大きな杉玉が吊るされていて、いつかこの目で見てみたいと思っています。
この由緒正しく、古い歴史を持つ文化が、日本酒蔵に浸透していったのです。
松も桧も似た性質、特徴を持っていますが、松は海辺に多く、桧は貴重で手に入りにくい。
一方、杉は身近で、しかもお酒の神様が宿る木。
そう考えると、杉であることはもはや必然だったのでしょう。
ちなみに、杉玉のことを「酒林(さかばやし)」とも呼びますね。
この響きもまた、なんとも魅力的です。
もともとは今のような球形ではなく、杉の枝を束ねて吊るしたものだったそうで、その姿に由来する名前なのだとか。
名付けた人の感性に、思わず唸ってしまいます。
なんて乙な民族なんだろう、日本人て。
こんな風に、私の記憶の中の杉玉は、いつもお酒の文化、日本の文化の美しさを思い出させてくれる存在です。
故郷の鹿児島に戻ってからは、杉玉を見かけることはほとんどなくなりました。
それは、日本酒のように焼酎を新酒で飲む文化がなかったから。
つまり、新酒を知らせる必要がなかった、ということなのでしょう。
もちろん、皆無ということではありません。
杉玉には、新酒と熟成の合図だけでなく、酒造りの安全祈願と、神への感謝の意味も込められています。
杉玉を掲げる焼酎蔵では、この本来の心を大切にされているのでしょう。
と、そんな粋なことを焼酎蔵でやってしまう素敵な人たちがいました。長島に!
長島の焼酎 “シマビ” こと、「さつま島美人」(長島研醸)の原酒を醸しながら、杉玉を吊るす蔵元・・・
それが、杉本酒造さん。
どんな思いで杉玉を吊るしているのか、もし気になったら、ぜひ尋ねてみてください。
そういえば、お名前にも、あの木の香りが漂っています。
…なんだか、面白くなってきました。(^^)
ただ、私は勝手な意味を与えすぎないようにしようと思っています。
これは正解を求めすぎない、ロマンを楽しみたい旅なので。
(担当C)
~・~ おことわり ~・~
このエッセイは、個人的な思いや考えを綴ったものです。専門的な立場で書いたものではありませんので、誤りや認識の違いがあるかもしれません。
農業や商工業において、生産者のイメージが大切にされる時代です。旅行の企画においても、作り手がどのような人なのかが少しでも伝われば、旅のイメージをつかんでいただけるのではないか。そんな思いから、この文章を書いています。
もし重大な誤解がありましたら、そっとお知らせください。
それ以外の点については、個人の思想として、温かくお見守りいただけると幸いです。
