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❹静かに語りかける 仕込みのない蔵

 

初めて古い焼酎蔵を訪ねたとき、言葉を奪われたことを今もはっきりと覚えています。

ただただ五感を働かせることに夢中で。

 

正確には、焼酎蔵を訪ねるのが初めてだったわけではありません。

10年以上前、奄美の黒糖焼酎蔵や南薩の芋焼酎の蔵で、仕込みの様子を見せていただいたことがあります。

 納豆を食べないなど蔵入り前の決まりごとや、

「ワインは木だから木製の、芋焼酎は土の中で育つ芋だから、土由来の甕壺と相性がいい」

そんな話を聞いた“初めて”は、今も胸に刻まれています。

 

そして昨年、創業150年を超える老舗の焼酎蔵を訪ねる機会がありました。

 

遠くからでも目を引くレンガの煙突、

時代を物語る木造建築、

重厚感あふれる石蔵は 見上げるほどに美しく、

視線を落とすと、整然と並ぶ和甕が静かな存在感を放っています。

 

視線の先々に、卓越した手仕事の気配が漂い、積み重ねられた古さの奥には、

代々受け継がれてきた営みが静かに息づいている。

その事実が、私の感覚を大きく揺さぶりました。

 

この焼酎蔵の創業は、日本で薩摩を中心に産業の近代化が進められていた時代に遡ります。

それまでの常識が覆され、国を挙げて技術を磨き、機械化を進め、国を強くしようとしていた時代でした。

薩摩では集成館事業が推し進められるなか、大砲や造船といった製造に工業用アルコールが必要とされ、当時のお殿様は芋焼酎に目を向けます。

米ではなく、さつまいもを原料とした芋焼酎が特産品として盛んに造られるようになった背景です。

 

蔵の敷地内には、錫製の蛇管や蒸気機関など、その歴史を物語る道具が並んでいます。

それらは、この蔵が歩んできた時間を、静かに物語っていました。

 

明治の産業革命だけでなく、第一次世界大戦も、第二次世界大戦も。

近代史の激動をすべてくぐり抜け、今なおそこに在り続けている。

そう思うと、背筋が伸びるような場所です。

 

けれど、蔵の魅力は、歴史を感じることだけではありません。

 

石蔵の中で黒く変色した壁や、もろみの入っていない仕込み甕。

そこには、昔から蔵に棲みついてきた微生物たちの気配があり、

見えないけれど 確かに「いる」のだ という不思議な感覚を覚えます。

 

かすかに残る芋や麹の香り。暗さや静けさのなかで、音だけが反響する蔵の中。

静かなのに、強いエネルギーを感じる。

動きはないのに、決して空っぽではない。

目を閉じると、それらはより一層、はっきりと立ち上がってきます。

そんな感覚に、私は何度も立ち止まりました。

 

そのとき、ふと腑に落ちたのです。

仕込みのない時期だからこそ、蔵見学は面白いのだと。

 

仕込みのある時期の蔵は、活気に満ちています。

蒸気が立ちのぼり、人が行き交い、発酵の力強さを肌で感じることができます。

一方で、仕込みのない時期の蔵は、静かです。

けれどその静けさの中でこそ、これまで気づかなかったものに自然と意識が向かっていきました。

 

息づいてきた微生物の営み。

長い年月を経て使われなくなった道具。

それらを言葉にしようとする、蔵人の静かな熱。

 

仕込みの最中には見えなかったものに、全神経を集中させる時間。

それは、自分自身の感覚を、ゆっくりと解き放つような体験でした。

 

見る、聞く、嗅ぐ、触る、味わう。

五感を働かせてこそ、蔵見学は面白くなります。

 

それは、仕込みのある時期も、ない時期も、古い蔵でも、近代的な蔵でも、変わりません。

ただ、特に仕込みのない時期には、五感が敏感になるのです。

静けさの中でこそ、蔵が歩んできた時間や、連ねられてきた営み、そして言葉にならない気配のようなものが、そっとこちらに語りかけてくるからです。

 

私は、こうした「目に見えない気配」を大切にしたい。

けれどそれは、決して雰囲気だけの話ではありません。

なぜこの場所で、この道具が、この造りが受け継がれてきたのか。

その背景にある歴史や物語を正しく「知る」ことで、私たちの五感はより深く、鋭くひらかれていくのだと信じています。

 

何かを学ぶだけの旅ではなく、学んだうえで自分の感覚をひらき、土地や人、時間と静かに向き合う旅。

 

そんな、知性と感性が響き合うような体験を届けられればと思っています。

 

(担当C)

※本文の中で登場する蔵は、神酒造さんです。その他の蔵で体験したことも含まれています。

~・~ おことわり ~・~

 

このエッセイは、個人的な思いや考えを綴ったものです。専門的な立場で書いたものではありませんので、誤りや認識の違いがあるかもしれません。

農業や商工業において、生産者のイメージが大切にされる時代です。旅行の企画においても、作り手がどのような人なのかが少しでも伝われば、旅のイメージをつかんでいただけるのではないか。そんな思いから、この文章を書いています。

 もし重大な誤解がありましたら、そっとお知らせください。
それ以外の点については、個人の思想として、温かくお見守りいただけると幸いです。